金剛実相-金銅仏造像

金剛実相-金銅仏造像

Cast in Brilliance - Bronze Sculpture
301C、302C 展示ホール

金銅仏とは、鋳造した銅像の表面に金を施した仏教造像のことで、鎏金仏像とも呼ばれます。その特色は銅の柔軟性、延伸性、可塑性にあります。古代の職人は鋳造、鍛造、文様彫刻などの技法を駆使しながら、複雑な形や細部を見事に表現し、ほかの材質では為し得ない造形を作り上げました。

金銅像は小さく持ち運びに便利なため、僧侶の四方の布教に伴われることが多く、仏教の歴史と文化交流において極めて高い宗教価値と芸術価値を備えています。このため、名山名刹や皇族貴族の間で祭られたり、或いは民間で大切に収蔵される対象でした。破壊されたものも無数ある中で、現存する金銅像はまさに貴重な存在です。

本展示ホールでは五胡十六国から明・清時代にかけての金銅像を展示し、歴代金銅像の悠久な発展の脈絡をご紹介します。

菩薩立像
北魏
386-534 C.E.
金メッキ きんめっき
45 cm
301C、302C 金剛実相-金銅仏造像
北朝に流行っていた三つ葉の宝冠をかぶって、両側の冠帯は肩まで垂れています。広い額、ふくよかな頬、整った顔立ち、堅く引き締まったあご、細い目、薄い唇、口元に微笑をたたえています。長い首に狭い肩、すらりとした立ち姿、首飾りをつけて、その中央に連珠をぶら下げています。上半身は飾らず、素朴な天衣、連珠の瓔珞は両肩から垂れて、お腹の前の環で交差させて、「八」の字形のように裾にまとっています。垂れ下げた条帛は腕に懸かって外側に広がっていって、先端は魚の尻尾のように翻っています。襞をたたんで綿密で雑乱せず、裾はツバメが空飛ぶの尻尾のように左右に広がっています。抽象だが剛健に彫刻されて、落ち着いた雰囲気が漂って、やや舞い上がる着衣、内面的の精神を表します。北魏時代の520年から525年までの正光時期には痩せてすらりとした姿の「秀骨清像」を崇めることが分かります。右手に桃の形の鎖、左手に蓮の茎を持って、反花の蓮台に立って、蓮弁は尖って反り返って、力強く表現されています。
五髻文殊菩薩坐像

916-1125 C.E.
金メッキ きんめっき
22 cm
301C、302C 金剛実相-金銅仏造像
遼代は唐代からの華厳宗と密教の影響を受けて、密教の経典によると、胎蔵界曼荼羅に文殊菩薩は髻を五つ結う童子の姿で現して、五つの髻は五仏と五智如来を象徴します。当時、山西省五台山の文殊信仰が盛んで、華厳宗と密教に影響を与えました。本像は遼代晩期の顕教と密教の思想が融合したことを示します。円満な顔立ち、目鼻立ちが顔の中央に寄り気味に表現されて、秀麗で唐代の神韻が漂っています。条帛は肩に懸かって、耳輪をつけて、伏し目、平たい顔、これは契丹の特徴を表します。さらに、伸びた背筋、威厳に満ちた表情、首に緻密な瓔珞をつけて、肩に天衣を覆って二の腕に懸かって、胸の前で結びます。下半身は裙をつけて、上に遼代特有の曲がり蛇の文様が刻まれて、襞を立体的かつ綿密にたたんで、これは山西省の大同市の下華厳寺の遼代菩薩像と似ています。台座は受花、敷茄子、返花を積み重ねた蓮華座、花房が飾られて、肉厚で円満な蓮弁が自在に咲いて、先端が角張り、反り返って、生き生きしています。
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